アメリカ大統領選挙は、殆どの予想に反してトランプ氏勝利で終わった。
安心して見ていられるものは無い事を痛切に感じる。
韓国では大統領のお友達問題で大規模な抗議デモが。
日本でも豊洲問題やオリンピックの費用に関する問題が新たな頭痛の種として加わった。
神宮外苑では「おバカ」のお陰で未来ある子供が焼死。
バカは罪である事をまずもって当事者が知る事が重要であると再認識。
ご両親のお気持ち、察するに余りあります。
「二度とこのような悲劇を繰り返さないで欲しい」などという綺麗事で終わらせる事はしたくないだろうに。
「てめえら全員殺してやる!」
それが正直な気持ちなのではないかと思います。
豊洲でもオリンピックでも直接的な誰かが誰かを殺したような話ではないにしろ、人々の信頼や希望を砕いた事には変わりません。
親が子供に寄せる希望と、人々が政治や社会に寄せる希望、優劣がそこにはあるのでしょうか?
希望を破壊された時、絶望の淵で思う事って大きな違いはないでしょう。
「ふざけんな!」という怒りです。
外苑焼死も豊洲も「過失」ではありませんね。
結果の予想も無しに、「今」だけの満足を追いかけたからですね。
「地獄に落ちる」べき行為として大きな差はないと思います。
定年までの日々、一体どのくらいこのような悲劇を見ながらひたすら利益や利便の追求に走らないといけないのだろうか?
安心・安全への追求はどのくらい出来るのだろうか?
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